アパレル販売員歴10年以上のスタッフが仕掛ける洋服のネットオークション代行

代表 平川 哲行(ヒラカワ テツユキ)の創業までの経緯

ファッション業界の不要品を社会に役立てる!

いつもアントロワをご利用いただき、ありがとうございます。
最近、ご利用をいただいているお客様よりメールや電話での対応に関してお褒めの言葉を頂いております。

私、アントロワ代表の平川はアパレル元販売員として、メールや電話という顔が見えないやり取りであっても最高の接客をすることを信念に掲げています。
インターネットでの対応でありながら、対面接客以上のサービスが出来ないかと日々、思案しているのです。
そしてその先には「ファッション業界の不要品を社会に役立てる!」という目標があります。

今回、私のスタンスを形成したこれまでの経緯についてお話させていただきます。
ファッション業界での経験、オークション代行を始めた理由が分かります。

経営者一族に生まれるも、辛く寂しい少年時代

幼少期宮城県仙台市で生まれ育ちました。飲食店を経営する母と、転勤族のサラリーマンの父の間に生まれました。母方の一族に経営者が非常に多く、税理士法人、お菓子メーカー、中古車修理販売、旅館経営、牧場経営、精肉店、飲食店など、業種は多岐に渡ります。中学生、高校生の頃は両親が仕事柄、自宅にいないことが常でした。さらには両親の離婚などもあり、家族団欒という記憶が薄く、とても寂しい青年期を過ごしたと思います。今となっては両親の気持ちは理解するものの当時の私には厳しい過去となりました。中学生ながらにして2歳下の弟は自分が育てなくてはいけないという意識を持っていたことを覚えています。唯一、心の安らぎはどのような時も祖父母が笑顔で優しく接してくれたことです。

ファッションが一番の関心事だった学生時代

東北学院大学少年時代からピンクの洋服を好むなど、ファッションに興味がありました。さらには小学生の頃は子供モデルとしてモデル事務所に所属、CMやポスター、ファッションショーモデルとして活動。この頃に人に見られることに対して抵抗のない性格が備わったようです。高校生、大学生の頃は典型的な洋服好きに。アルバイトをしてはコムデギャルソンやアンダーカバーなどのDCブランドを買い漁る日が続き、好んで奇抜なファッションを楽しんでいました。誰も着ていないデザインの洋服を着ることが自己表現するための手段の一つでした。毎日のように仙台フォーラス周辺のセレクトショップ巡りをしていたことが思い返されます。

自分のお店を持つという夢に向かって

台原フリーマーケット - コピー20歳の時、東北で最も規模が大きいと言われるKHBフリーマーケット(仙台市台原)に友人とともに洋服店を出店。1日の売上は約50万円、仙台市に本社を持つ河北新報社が発行する日刊新聞、河北新報に写真が掲載されました。この時から洋服の商売に興味を持ち始め、自分のお店を持ちたいという夢を持つようになりました。学生アルバイトから接客業、某ファストファッションでの販売を経験します。

ファッションを学ぶため、仙台から上京する

22歳、某大手アパレル企業の仙台での就職面接会、エリアマネージャーの方から「東京の全国一番店で働いてみないか?」と声を掛けていただいたことがきっかけで上京。アパレル業界のノウハウ、技術を身に付けるため、ゴルフウェアブランド販売員からキャリアをスタートします。当時、全国のゴルフウェアブランド業界において、全国一位の売上を叩き出す店舗で約2年間勤めました。非常にレベルの高い環境の中、販売員の仕事の基本を全て学ばせていただいたことが私の今日の礎となります。

男性ながら女性の世界に飛び込む

24歳、某老舗アパレルメーカーの人事部長のご好意もあり、レディースブランドに転職。男性ながらレディースファッションを希望した背景にはファッションデザイン、流行の中心はレディースにあり、との思いからです。採用時は副店長、1年後に店長になりました。約4年間、女性ファッション誌を読み漁る日が続きます。ブランドスタッフの98%は女性という環境の中、レディースファッションの基礎を学ぶと共に、インターネット販売の基礎を学びました。毎日接する人は全て女性という環境から、男性ながら女性的な趣向を持つ、特異な感性が備わったと思います。

サブナードこの頃からヤフオク(当時はヤフーオークション)にて自分の洋服をヤフオクに出品、月間約20万の売上を達成しています。また、プライベートではアメリカ古着、インポートブランド、トゥモローランドやエディフィスといった国内セレクトショップの着用が目立ちます。

オフィスワークの経験が仕事の幅を広げる

半蔵門28歳、販売員として働いていた頃、不慮の事故により足の膝の半月板を損傷、手術をしたことがきっかけで販売員としてのキャリアを一時的に断念することに。大学在籍時にマイクロソフトのオフィス製品の講師資格を取っていたことが評価され、某海外ラグジュアリーブランドの日本支社の営業事務に従事することとなります。約1年半、慣れない仕事ながらパソコンを使った高度なオフィスワークを学ぶことができました。今、思い返すとこの期間がなければ創業は難しかったかもしれません。オフィス業務の経験によって、一人二役で事業を起こすことができたのです。

販売職に復帰、夢は人の役に立つことへ形を変える

30歳、販売員として復帰を果たすために転職。某ラグジュアリーファッションブランドの日本支社の販売店舗、店長として復帰を果たします。店長としての業務に従事することは、創業後のシュミレーションの場でもありました。約4年間、最も印象に残っていることは東京都世田谷区の某百貨店でのこと。顧客販売に特化した職場から、何より大切なことは多くのお客様がもたらす売上より、1人のお客様からの信頼と喜びの声であることを強く学びました。

私生活ではファッション業界の第一線で働く女性と結婚、ファッションに関して大きな刺激を与え合う環境となります。また、幼少期に精神的な家族の安らぎを経験していないことが大きな心の穴でしたが、素敵な生涯の伴侶を得たことで幸福感に包まれながら仕事ができるようになりました。

玉高30代前半、会社員としての自分に疑問を持ちながらも、独立、起業できるほど自分に自信が持てない悶々とした日々が続きます。32歳、起業したいといった漠然な夢よりも、困っている人の役に立ちたいという思いが自分の中に強く感じることを確信します。

自分の知識と技術がアパレル販売員の役に立つと確信

33歳、アパレル業界で困っている人を助けたいという思いから、自分に何かできないかを考えます。自らがファッション業界に10年以上在籍した中で最も辛かったこと、それは多くの仲間がこの業界を去っていったことです。理由は多岐に渡りますが、業界特有の事情があることも理由の一つです。一つの理由、それは給与の額です。

アパレル業界特有の慣習の一つにアパレル販売員の制服着用の義務があります。この制服着用に掛かる費用を軽減できないか?もっとアパレル販売員が前向きに仕事に取り組むことはできないか?アパレル販売員をはじめとしたファッション業界関係者、全ての人の力になりたい。という思いに駆られます。私に出来ること、それはアパレル業界で働く人達の不要になった洋服を社会に役立てることです。それは多くの人、会社、社会に恩恵をもたらすと確信しています。

30歳10年以上、ファッション業界に在籍をしたこと。その10年間で様々な仕事を学んだこと。販売員時代に働いた店舗数は20店以上に上ります。東京・千葉・埼玉の主要百貨店、ショッピングモールで多くのブランドに囲まれて過ごしてきました。スポーツブランド、カジュアルブランド、ラグジュアリーブランド、ジュエリーブランドでの経験、販売職、営業事務、全ての経験を今、この時に活かします!

2013年8月10日、アントロワを創業

セミナー2013年8月10日、アントロワを創業。同8月、東京都足立区主催のインキュベーション施設への入居が決定。同年10月にファッション製品専門のインターネットオークション販売代行業を開始、一般のお客様、さらにはアパレル販売員の不要になった制服着用品など、ご委託を多く受け付けています。これまでファッション業界で培ったノウハウ、知識を活用することはもちろん、お客様の立場に立った接客で多くのお客様の喜びを目指します

ファッション業界の不要品を社会に役立てる!

を合言葉に、平川は日々、様々な場所で精力的に活動しています!

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